従来、高度な回路技術であった高速A/D変換技術は、ごく一部の機器にのみ利用されていました。
しかし、近年のLSI技術の急速な進歩は、それを身近なものにし、その応用範囲を様々な分野にまで広げています。デジタル・オシロスコープは、このような技術的背景のもとに成長し普及してきました。デジタル化されたことにより、従来のアナログ・オシロスコープには、不可能であった様々な機能が実現されています。
岩通は、永年にわたり、アナログ・オシロスコープやデジタル・メモリを手掛けてきましたが、その中で培われたノウハウと技術の融合を計ることにより、優れたデジタル・オシロスコープを皆様に提供し続けております。
1.デジタル・オシロスコープの原理
1-27図は、2チャネル入力のデジタル・オシロスコープのブロック図を示します。
入力端子に加えられた入力信号は従来のオシロスコープと同様に感度切換えのためのアッテネータを介して増幅器へ導かれます。増幅器で適当な大きさに増幅された信号は、次のA/D変換器に導かれます。
A/D変換器は、加えられた信号をサンプリングクロックでサンプリングします。
サンプリングクロックは、設定されたタイムベースに従って書き込み、コントローラでクロック発生回路からのクロックを分周してつくられます。
サンプリングされたデータは、順次取得メモリに記録されていきます。
書き込みコントローラは、A/D変換および取得メモリへの書き込みの開始とトリガ回路からのトリガ信号を受けてのA/D変換および取得メモリへの書き込み停止を制御します。
書き込みコントローラは、その書き込みの停止のあと、マイクロプロセッサに取得の終了を知らせます。
マイクロプロセッサは、取得メモリからディスプレイメモ リへデータを転送します。この際、必要に応じて様々な処理が施されます。ディスプレイメモリのデータはディスプレイコントローラによって表示装置上に波形の形で表示されます。
以上、デジタル・オシロスコープの基本について説明しました。
デジタル・オシロスコープには、上記のほかに等価時間サンプリングによる波形データの取得方法があります。
等価時間サンプリングは、繰り返し入力される信号に対して用いられます。繰り返し信号が入力されるごとにサンプル点・サンプル点の間を補充していき、実際のサンプリング周期より、はるかに高い時間分解能を得ることができるので等価的に非常に高速のサンプリングを行ったことになります。この等価時間サンプリングに対し、前述したサンプリングの方法を実時間サンプリングといいます。
1-28図は、時間軸を20ns/divに選択し、200Mサンプル/sで実時間サンプリングでの取得波形データと、等価時間サンプリングでの取得波形データの違いを示しています。
実時間サンプリングでは、時間軸の1div にデータが4点しかないのに対し、等価時間サンプリングでは、1div100点取得しています。
等価時間サンプリングには、2つの方式があります。シーケンシャル・サンプリングと呼ばれる方式とランダム・サンプリングと呼ばれる方式です。シーケンシャル・サンプリング方式の原理は、次のようになります。
波形のトリガ点から順に後ろの方向へサンプリングしていくことになります。メモリ長だけのデータを取り終えたところで完成された波形として表示されます。ランダム・サンプリング方式の場合、書き込みコントローラは、実時間サンプリングの場合と同じようにデータの取得を繰り返します。このとき、サンプリング・クロックはトリガとは無関係に一定の周期で発生されています。
したがって、繰り返しデータの取得を行う度にトリガ点とサンプリング・クロックの時間関係は異なっているので、トリガ点と次に来るサンプリング・クロックの時間差を測定し、対応するメモリのロケーションに書き込んでいけば、いずれ波形は完成されるはずです。(1-30図)
取得メモリへの書き込みは、順番ではなくまったくランダムに行われますのでランダム・サンプリングと呼ばれます。また、波形表示も全取得メモリにデータが書き込まれた後表示するのではなく、1回ごとの取得の度に取得されたデータをドットで表示します。
ランダム・サンプリングでは、データ取得は通常の取得と同じ動作をしているので、後で述べるプリトリガ機能(トリガ点より前の現象を把える)を生かすことができるという長所があります。動作原理からも分かるようにデジタル・オシロスコープは、サンプリングしたあとデジタル化し、半導体メモリにデジタルデータとして記憶させますので、電源の供給を止めない限りその記憶は消失することはありません。単発現象であっても、いったん記憶されたデータは、アナログ波形の形に戻しながら繰り返し読み出すことにより、繰り返し波形と同様の波形観測をすることができます。
従来のアナログ・オシロスコープでは、単発現象はCRT上に一掃引だけ描かれるため、充分な波形観測は不可能でした。そのため、カメラやCRTに波形蓄積機能をもたせたメモリ・スコープが使われてきましたが、アナログ的に電荷を蓄積するものであるため、放電によって長時間の波形記憶は難しいところがありました。特に高速のタイムベースで単発の高周波波形を捉えても極めて短い蓄積時間しか得られませんでした。その上、このような蓄積機能を持ったCRTは高価なため、メモリ・スコープも高価にならざるを得ません。また、従来のオシロスコープでは高速のタイムベースでの単発現象の2現象同時観測は不可能でした。2現象同時観測用に電子銃を2つ持つCRT (デュアルビームCRT )を利用したオシロスコープが用いられていましたが、これも蓄積管と同様非常に高価です。
デジタル・オシロスコープは、蓄積管とデュアルビーム管の両方の機能を備えた、極めて便利なオシロスコープと言うことができます。
また、デジタル・オシロスコープは、信号をデジタル化しますので、 データのセーブやリコール、プロッタ等へのハードコピーが自由にできます。また、様々なデータ処理をすることができます。例えば、アベレージング、2波形の加減乗除等の演算、波形パラメータの算出、スムージング、フィルタリング、FFT、良否判定(1-31図)等多様な処理 が可能です。
さらに、GP-IBなどのインタフェースを介してコンピュータにデータを転送することにより、より高速な処理や自動計測システムの構築に利用することができます。
デジタル・オシロスコープのもう1つの欠かせない特長に、プリトリガ機能があります。プリトリガ機能によりトリガ点以前の波形を観測することができます。これは、従来のオシロスコープではできなかったことで、デジタル・オシロスコープだからこそ可能となった極めて有用な機能です。
プリトリガ機能によって、波形のトリガ点を波形表示の時間軸上のどの位置に置くか選択できます。これをデータポジションといい、表示の先頭から最後尾まで、例えば、0/8、1/8 …、4/8…、8/8のように選択できます。0/8を選ぶと、トリガ点は表示の先頭に、3/8を選ぶとトリガ点は、1-32図のように左端から3.75divのところに来ます。
プリトリガ機能の原理を説明します。(1-33図参照)
説明を分かりやすくするために、メモリ長を1024ワード、データポジションを2/8とします。波形データの取得は、次の順序で行われます。
- ①
- 書き込みコントローラがトリガを禁止状態にしてサンプリングとそのデータのメモリへの記憶を開始する。
- ②
- プリトリガの1024×2/8=256ワード分トリガを禁止のままデータを書き込む。
- ③
- トリガの禁止を解除し(トリガ待ち状態にし)データを書き込み続ける。
- ④
- トリガが発生したら、その後1024×6/8=768だけ書き込む。
- ⑤⑥
- メモリの最後まで書き込んだら先頭番地へ戻る。
- ⑦
- 書き込みを停止する。
この動作で、トリガ待ち状態になった後、トリガがすぐに発生しないと1024ワードのメモリは、すべて書き込まれてしまいますが、このときは、最も古いデータを新しいデータで書き換えながら動作を続ければよく、 最後に書き込みを停止した直前のデータが最新で、その直後のデータが最も古いデータとして表示されます。
デジタル・オシロスコープの通常の取り込み方式では、低速の掃引時間において、メモリへの書き込みが完了し波形が更新表示されるまでに時間がかかり、観測者は現在どのような波形がとられているか分からない状態に置かれることになります。このような欠点をなくするために、デジタル・オシロスコープにロール・モードという取り込み方式が取り入れられています。ロール・モードとは、全メモリ長にわたっての書き込みが完了してから波形を更新表示するのではなく、基本的に1データ取り込むごとに波形の書き換えを行います。最も古い左端の1データを捨て、最新の1データを右端に表示します。このような動作をさせることにより、波形は右から左へ流れるように移動 して見えます。つまり、刻々と変化する波形がリアルタイムの感覚で観測できる訳です。